流星の曲がり角

流星とは本来曲がるはずのないもの。それが曲がるって事はつまりブラックホールだよねコレ

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Death Of Salvation

死による救い。

と書くとアレっぽいが、そもそも救いってなんぞ。
死ってなんぞと。
なんで死んで救われるの? って疑問が絶えない。
手段の一つとしてはまぁ、別にどうでも良い(ダマレ



死の方を考えよう。
死ぬってのは生命活動の停止が一般的な定義だと思う。
息を吹き返す仮死は置いておく。

問題は死んだ後ってどうなるの? って事だ。
まず肉体が腐る。日本だと大概は焼かれて骨になる。
そうなれば当然蘇生なんてできない。物理的には完全に死ぬ。
所謂魂だとかってのはどこ行くんだろうね? 霧散するんだろうか。
死んだ後には何もなくなるのだろうか。それとも何かあるのだろうか。
何もなくなるのなら自殺者の本望なんだろうが、後者なら結局意味なくね?
自我が喪失していれば良いんだろうか。自分だったらそうなるくらいなら消え去りたいのだが(

生死観って穴だらけなのよね。
死後の自我がどこに行くのかがわからないし、かと言って消えたと言うには明確なデータがない。
「観測できないから無い」は短絡思考。
悪魔の証明の欠点でもあるが、可能性を自ら閉じる必要もない。

と、取り合えず死に関しては「消えるか意味のない徒労」でおkだな(


で、救いだ。
意味合いとしては望ましい状態への改善。
上記の死の概念で言えば「何もなくなる・リセットする」が救いとなるらしい。
別に良いんでない? 否定はしない。だが人前ではやるな、押し付けるな(
他人がどんな死に方をしていようが正直心の底からどうでも良いのだが、自分の場合を考えてみよう。

自分にとっての救いはなんだろう?
答えを簡潔に書けば「無い」。
どうせ救いを得ても変わらない気がする。
救いが変化をもたらすものであるのならそれは救いにならない。
ただ見てみたいとは思う。死の果てとか、人類の終焉とか。
しかしそれを見た程度で補完されるのだろうか。無理だろうな。

ならば死はどうだろう?
残念だが、不確定要素に頼るつもりはないんだ、すまない(
死の果てが明らかになるのならその時に考えるが、どうなるかわからない爆弾みたいな事象に頼るつもりはない。
輪廻転生とかしちゃったらどうすんだよ。人生二度目は嫌だぞ(



ここまで考えて思ったのだが、自分の望みはあれか、無への回帰か?
肉体的な死はその内放っておけば訪れるが、精神的な死を求めてるのか?
死ぬのが怖いと言うより死んだ後が怖い。



取り合えずこんなもんか?
不確定要素はノーサンキュー。
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