流星の曲がり角

流星とは本来曲がるはずのないもの。それが曲がるって事はつまりブラックホールだよねコレ

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"死ぬ"ということ

ニワトリとヒヨコとタマゴの話。

ニワトリがタマゴを産んで、タマゴからヒヨコが出てきてニワトリになる。

だけれど、ニワトリは三歩歩くとヒヨコだった自分を忘れてしまう。

だが、自分の産んだタマゴを見てこう思うのだ。

「あぁ、自分はこれだったんだ」、と。




多分、人間も同じだ。
「一生涯かけて答えを探す」のではなく、「終わる手前に答えが見つかる」のではないか。


うだうだするとアレだけど、思った。
死んだ時に見るのって、「人間の可能性」なんじゃないかって。
人の数だけ人生が、経験が、価値観があるのならばその在り方をもって迎えた「死」は「人間の持ち合わせた可能性」なんじゃないかと。


可能性、可能性か。
根本的な解決にならないな(マテコラ
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この記事のコメント

タイトルは「"死ぬ"ということ」にしてほしかtt(銃声

可能性の先にあるのは死。
その可能性が死ぬ直前の人物"のみ"に見えるものだとしたら、そのまま死んだら意味がない。
だからこそ「遺言」「死に目に会う」「意思を継ぐ」などの、残された側の能動的な行動が重要なのではないでしょうか。

俺は何が言いたいんだ(
2008-08-25 Mon 23:41 | URL | braverd #rTlTT4fM[ 編集]

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